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日本オープンゴルフ選手権

第27回日本オープンゴルフ選手権(1962年)

2023.02.13
優勝カップを掲げる杉原輝雄(日本プロゴルフ協会30年史より) 優勝カップを掲げる杉原輝雄(日本プロゴルフ協会30年史より)

格上2人との競り合いを制して杉原輝雄が初優勝

 160㎝の小さな体でAONら大型プレーヤーと渡り合い、一時代を築いた杉原輝雄。飛距離のハンディをショットの精度と粘り強い小技でカバーして現役時代に50を超える勝ち星を挙げた。その、最初の一歩となったのが1962(昭和37)年の日本オープンである。  会場は千葉県の千葉CC梅郷C(6940ヤード、パー72)だった。まだトーナメントが年間数試合しかなかった時代...

第26回日本オープンゴルフ選手権(1961年)

2023.01.30
1961年11月11日付日刊スポーツ 1961年11月11日付日刊スポーツ

細石憲二が暗闇の5人プレーオフを制して初優勝

 この年、歴史に残る大激戦が展開された。11月8~10日、千葉・鷹之台CC(7070ヤード、パー72)で開催された。  第1日は、出場171人(172人記載記事あり、うちアマチュア59人)と大人数で行われた。第1の予選カットが設けられていた。コース記録タイの3アンダー63で首位に立ったのは、中村寅吉と佐藤精一。中村はインスタートを1アンダーで折り返し、2番で...

第25回日本オープンゴルフ選手権(1960年)

2023.01.18
1960年9月29日付スポーツニッポン 1960年9月29日付スポーツニッポン

陳まさかの失格で連覇の夢破れ、小針が繰り上げ優勝

 スポーツの世界には「悲劇」という言葉で語られる物語がいくつも存在する。多くは十中八九手にしていた栄冠をどんでん返しで失ったケースである。今から30年前の1993(平成6)年、悲願のFIFAワールドカップ初出場を目前にしながら残り数秒で同点ゴールを決められて夢破れたサッカー日本代表の「ドーハの悲劇」は代表的な例だろう。  ゴルフの場合、プレーが終わってなおス...

第24回日本オープンゴルフ選手権(1959年)

2022.12.26
1959年10月2日付日刊スポーツ 1959年10月2日付日刊スポーツ

史上初のプレーオフ、日本留学中の陳清波が初優勝

 日本オープンは1927年第1回から72ホールのストローク・プレー(当時メダル・プレー)で行われてきた。プレーオフは最終ラウンド翌日に18ホールで争うことになっていた。史上初めてプレーオフになったのがこの年だった。  9月28日から3日間、神奈川・相模原GC(7255ヤード、パー74)で、プロ87人、アマ50人が参加して行われた。日刊スポーツ紙によると、コー...
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