日本プロゴルフ殿堂

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日本オープンゴルフ選手権

第49回日本オープンゴルフ選手権(1984年)

2024.01.15
優勝トロフィーを掲げる上原宏一(JGAホームページより転載) 優勝トロフィーを掲げる上原宏一(JGAホームページより転載)

空振り2回で鈴木弘一が大魚を逃し、上原宏一に栄冠

 時に思ってもみなかったことが起こるのがゴルフである。そんな出来事が続発したのが1984(昭和59)年、埼玉県の嵐山カントリークラブ(6405m、パー72)開催の大会だった。  初日、想定外の裏ルート開拓で競技委員会を慌てさせたのが47歳の杉原輝雄だった。右ドッグレッグの15番パー5、杉原はティーショットを林越えで右隣の14番フェアウエーを狙った。14番を経...

第48回日本オープンゴルフ選手権(1983年)

2023.12.25
1983年10月3日付日刊スポーツ) 1983年10月3日付日刊スポーツ)

青木功が悲願の日本オープンタイトル

 青木功にとって、ついに「その時」が来た。  兵庫・六甲国際GC(6469m、パー72)で行われた大会は、フェアウエーを絞り、ラフはうねるように長くのばされていた。  第1日、このラフで中嶋常幸(当時登録名中島)が最終9番でフェアウエーをわずか2mほど外しただけでロストボールになるトリプルボギーをたたいた。倉本昌弘は最終9番で7番アイアンが根元から折れてヘッ...

第47回日本オープンゴルフ選手権(1982年)

2023.12.11
ウイニングボールを投げる矢部昭(アサヒゴルフより) ウイニングボールを投げる矢部昭(アサヒゴルフより)

体重50キロの超軽量・矢部昭が5打差の快勝

 1982(昭和57)年の日本オープンが行われた10月下旬、男子ツアーは28歳の中嶋(当時の表記は中島)常幸が勝利を積み重ねて初めての賞金王に向けて突き進んでいた。  ただ、10月に入ってからの主役は台湾出身の謝敏男だった。日本オープン前週まで3試合連続で初日から首位を守る完全優勝という驚異的なゴルフでツアーを席巻していた。  日本オープンの会場、埼玉県の武...

第46回日本オープンゴルフ選手権(1981年)

2023.11.27
JGAHPより転載 JGAHPより転載

羽川豊、プロ初優勝でレフティー初の日本タイトル

 当時、音楽界を中心に「ニューウエーブ」という言葉が流行していた。ゴルフ界にもその波が来ていた。倉本昌弘、湯原信光、羽川豊の「若手三羽烏」を中心とした20代半ばまでの若い選手たちだった。  この年、初めて岐阜県の日本ラインGC東コース(6218m、パー70)で行われた大会でも、その様相になった。  大会前、注目されていたのは「日本オープンになぜか勝てない」青...
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