日本プロゴルフ殿堂

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日本プロゴルフ選手権

第72回日本プロゴルフ選手権(2004年)

2019.02.04
優勝トロフィーを掲げるSK・ホ(写真提供:日本プロゴルフ協会) 優勝トロフィーを掲げるSK・ホ(写真提供:日本プロゴルフ協会)

史上初の54ホール短縮、ホが初優勝

 高知・Kochi黒潮CC(7270㍎、パー72)での大会は波乱の展開になった。  濃霧と風雨に見舞われた第1ラウンドは、午前スタートの組がスタートを終えた直後に中断、天候の回復を待ったが午後1時に中止が決まり、スタートした組のスコアはキャンセルされた。日程が変更され、5月14,15日に予選ラウンド各18ホール、16日に決勝ラウンド36ホールを行うことになっ...

第12回日本プロゴルフ選手権(1937年)

2019.01.15
1937年9月17日付大阪毎日新聞 1937年9月17日付大阪毎日新聞

予選最下位からの戴冠。伏兵・上堅岩一が初優勝

 1937(昭和12)年7月、盧溝橋事件に端を発して日中は戦争状態に入った。ゴルフ界にも大きな影響があり、浅見緑蔵が招集を受けた。浅見にとって2度目のことだった。よって9月13日から千葉県の鷹之台CC(パー74)で行われたこの年の日本プロに浅見は出場していない。前年、同CC開催の関東プロを制していた優勝候補が舞台にすら立てなかった。2年前の日本プロ覇者・戸田...

第82回日本プロゴルフ選手権(2014年)

2018.12.03
優勝トロフィーを掲げる手嶋多一(写真提供:日本プロゴルフ協会) 優勝トロフィーを掲げる手嶋多一(写真提供:日本プロゴルフ協会)

難コースで競り勝った手嶋が日本タイトル2冠達成

 屈指の難コース、兵庫・ゴールデンバレーGCを制したのは手嶋多一だった。45歳7カ月23日での優勝は史上4番目の年長優勝(1位は尾崎将司49歳3カ月18日)となった。  大会を前にPGA倉本昌弘会長らがコースセッティングに関する会見を行った。「今回は日本プロ史上、最も広いフェアウエーになっていると思う。(自分の)プレーヤー目線で、選手たちが一番力を出せるコー...

第7回日本プロゴルフ選手権(1932年)

2018.11.06
優勝したモンテス(右)と2位の森岡(ゴルフドム1932年11月号=日本ゴルフ協会所蔵=より) 優勝したモンテス(右)と2位の森岡(ゴルフドム1932年11月号=日本ゴルフ協会所蔵=より)

モンテスが大会史上初の外国人王者に輝く

 1926(大正15)年に産声をあげた日本プロ。優勝者の顔ぶれは1931年までの6年間で宮本留吉と浅見緑蔵が2勝ずつ、中上数一、村木章が1勝というものだった。日本プロ創設の翌年に始まった日本オープンでも同時期に宮本と浅見が2勝。黎明期のタイトルは宮本、浅見の2人で分け合うような状況だった。この2人に優勝こそないものの両大会で2位が計4回という安田幸吉を加えた...
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