日本プロゴルフ殿堂

偉業を称え、未来を拓く。ゴルフから

日本プロゴルフ殿堂入り式典

Japan Professional Golf Hall of Fame

日本のプロゴルフ界に偉大な功績を残し、多くの人々に感動を与えた先人に対して、感謝と敬意を表する
「日本プロゴルフ殿堂」の記念式典です。

式典第五回

第五回 日本プロゴルフ殿堂入りプロゴルファー発表 第五回日本プロゴルフ殿堂入り式典

第五回 日本プロゴルフ殿堂入り
プロゴルファー顕彰

「第5回日本プロゴルフ殿堂入り式典」が3月24日、神奈川・パシフィコ横浜で開催している「ジャパンゴルフフェア」のイベントステージで行われた。顕彰されたのは1972年以前に活躍して功績を残した「レジェンド部門」で3人。台湾プロゴルフのパイオニア的存在で、2度目の来日後に日本に定住し、1937年日本オープンなどを制し、73年に帰化した陳清水(故人)。160センチと小柄な体格ながら、1970年マスターズで当時のアジア選手最高位12位になるなど活躍し「リトル・コーノ」と尊敬を込めて呼ばれていた河野高明(故人)。1973年トヨトミレディスでは女子ツアー史上初めてアマチュア選手として優勝を成し遂げ、第一線から退いた後は日本本女子プロゴルフ協会の理事長、会長などを歴任し、指導者として出身地の熊本県で不動裕理、大山志保、古閑美保と3人の賞金女王を育てた清元登子(77)。1973年以降に活躍して実績を上げた「プレーヤー部門」も3人。日本オープン、日本プロ、関西オープン、関西プロを制して公式戦4冠を達成し、1999年に日本ゴルフツアー機構(JGTO)が設立された際の初代会長を務めた島田幸作(故人)。1975年に日本プロマッチプレー、日本オープン、日本プロ、日本シリーズも制して同一年日本タイトル4冠、年間グランドスラムをただ1人成し遂げている村上隆(72)。1974年から日本女子ツアーに参戦。優勝回数は樋口久子に並ぶ歴代最多の69勝、賞金女王7回は歴代2位という記録を持つ涂阿玉(62)が、顕彰された。  式典では、松井功理事長が「2020年東京五輪の会場も決まり、その年はプロゴルファー第1号の福井覚治が誕生してから100年になります。往年の名プレーヤーが築いてきたゴルフ界。今後も栄誉をたたえ、少しでもみなさんに知ってもらうようにしていきます」とあいさつ。来賓の島村宣伸・日本プロスポーツ協会会長は「これまで来られた道は大変だったろうと思います。道具も今と違う中で、山野を切り開くように、プロゴルフ界を切り開いてきた方々。私も大好きなゴルフがこれからも発展しますように」と、話した。

陳清水は、長女の神原美和さんが父の笑顔の写真をもって登壇。日本プロゴルフ協会会長の倉本昌弘副理事長から顕彰状とクリスタルトロフィーを受け「父が台湾から日本に来て90年になります。(生前)テレビを見ていて『自分は早く生まれすぎたね』と言っていました。今はニコニコしながら『僕は何もできなかったのに殿堂入りさせてもらっていいのかな』と言っていると思います」と思い出を交えて話した。河野高明は長男高幸さんが同じく写真をもって登壇。倉本副理事長から渡され「父がこうした晴れ舞台に出るのは久しぶりです。73年に勝って以降勝てずにいて、83年にかながわオープンで勝った時は家族みんなで喜びました。すべての方に、父と母、親族を代表して感謝します」と話した。清元登子は姉の永田秀子さんと、秀子さんの夫英之さんが日本女子プロゴルフ協会会長の小林浩美副理事長から顕彰を受けた。英之さんが「(清元が)7年前に脳こうそくで倒れ、治療、リハビリをしていますが、ベッドの上で日々を送っています。この賞が清元を励まし、慰めてくれたら、こんなうれしいことはありません」と近況を交えて感謝の意を表した。  島田幸作は次男の典哉さんが、日本ゴルフツアー機構会長の青木功副理事長から受け取り「父が亡くなり、8年が経ちました。数多くの方にお世話になりましたことを父に代わりお礼を言います。本当にありがとうございました」とは話した。村上隆は体調がすぐれず欠席し、日本プロゴルフ協会の伊藤靖士氏が青木副理事長から代理で受けた。本人のメッセージを預かり「殿堂入りを感謝します。31歳でグランドスラムを達成してとても充実したゴルフ人生でしたが、その後体調を崩し、納得のいかない人生でもありました。栄誉をいただけて光栄に思います」と会場に伝えた。

ただ1人、本人が顕彰を受けた涂阿玉は、小林副理事長から顕彰状とクリスタルトロフィーを受け取り「緊張です」と話した後「身に余る光栄です。多くの人に支えられて、今もゴルフができる喜びを感じます。樋口久子さん(第2回顕彰者)はよきライバルであり、よき相談者でした。ここまでやってこられたのは私の理解者である主人(陳碧宋さん)にも感謝します。これからはゴルフの普及活動を行い、日本と台湾の交流に貢献したい」と、途中からこらえきれずに涙を流しながらあいさつした。小林副理事長と、司会を務めた戸張捷・日本ゴルフ協会専務理事を交えて、壇上で思い出などを語り合った。小林副理事長は「東日本大震災の際に、2時間で1000万円の義援金を集めてLPGA会員のために使ってくださいと送ってくれた」という話を披露した。顕彰式前には、岡本綾子(第3回顕彰者)にゴルフフェア会場内で祝福されたという。現在は台湾にあるミラマーGCCでアカデミーを開校し、若い選手の指導にあたっている。記者会見では、一番の思い出を聞かれ「いつも全力投球でしたので、この試合というのはありません」と話し「トロフィーが重いです。これが名誉でしょう。たくさんの人がもらえる賞ではないので、汚さないように大事にしていきます」と、晴れやかな表情を見せた。  式典後は場所を移して、パーティーが行われた。竹田恆正・日本ゴルフ協会会長、馬場宏之・日本ゴルフ用品協会会長があいさつに立ち、顕彰者や家族は、友人やプロゴルフ殿堂会員らと和やかに歓談し、祝福を受けていた。

第五回 日本プロゴルフ殿堂入り顕彰者のご紹介

陳 清水

ちん・せいすい
陳 清水

台湾プロゴルファーの草分け

1910(明治43)年1月25日~
1994(平成6)年1月8日

河野 高明

こうの・たかあき
河野 高明

マスターズで認められた「リトルコーノ」

1940(昭和15)年1月4日~
2010(平成22)年4月22日

清元 登子

きよもと・たかこ
清元 登子

選手、会長、指導者で大きな足跡を刻む

1939(昭和14)年6月15日生まれ

島田 幸作

しまだ・こうさく
島田 幸作

激動の時代に舵を取ったJGTO初代会長

1944(昭和19)年5月7日~
2008(平成20)年11月3日

村上 隆

むらかみ・たかし
村上 隆

ゴルフ史に輝く年間グランドスラム

1944(昭和19)年5月25日生まれ

涂 阿玉

と・あぎょく
涂 阿玉

69勝を挙げた台湾の至宝

1954(昭和29)年9月29日生まれ

式典第五回フォトギャラリー

第五回日本プロゴルフ殿堂入り式典